
あんぱんの八木信之介ってモデルになった人はいるのかな?
この記事では、そんな疑問にお答えするために、下記の内容をまとめてみました!
八木信之介のモデルはあんぱんだと?

あんぱんにおいて八木信之介は、モデルになったと思われる人物は、辻信太郎さんの可能性が考えられます!
辻信太郎さんは、株式会社サンリオの創業者であり、同社代表取締役会長です。
そして、辻信太郎さんが「あんぱん」における八木信之介のモデルになったと考えられるのは、下記のような理由からです。
名前が似ている
あんぱんに登場する「八木信之介」も、「辻信太郎」さんも名前に、「信」という字が入っています。
さらに、「信之介」と「信太郎」で、3文字の名前という共通点が存在していました。
なので、あんぱんの「八木信之介」が「辻信太郎」さんと名前が似ているのは、モデルにしているからだと考えられます。
影響を与える
「あんぱんの公式サイト」によれば、八木信之介は戦地で柳井嵩と出会うのですが、戦後に再会して朝田のぶと柳井嵩に対して大きな影響を与える人物でもあります。
そして、「辻信太郎」さんは柳井嵩のモデルになった「やなせたかし」先生が、詩集を自費出版しようかと考えていた際に、自分の会社で詩集を出版しないかと持ち掛けてきた人物です。
さらに、当時「辻信太郎」さんが経営していた山梨シルクセンターは、出版社ではなく様々な事業を行ってる会社でした。
しかし、「やなせたかし」先生の詩集を出すために、全社員の反対を押し切って出版部を設立したのです。
その後、「やなせたかし」先生は詩集である「愛する歌」を山梨シルクセンターから出版するのですが、予想に反して大ヒットしました。

愛する歌のヒットは、やなせたかし先生の人生に大きな影響を与えたと言えるでしょう!
文学を愛する
「あんぱん」で、八木信之介は詩や文学を愛する一面も持っていて、柳井嵩の詩を書く才能に気付いて大きな流れを作る人物として紹介されています。
そして、「辻信太郎」さんも同様に、詩を愛する文学青年でした。
さらに、「やなせたかし」先生の詩に強く惹かれたからこそ、自分の会社で「やなせたかし」先生の詩集を出版する事を持ち掛けてきたのです。

文学を愛するという点で、八木信之介と辻信太郎さんには、共通点があると思えますね!
ちなみに、八木信之介は「あんぱん」だと徴兵された柳井嵩が出会う、小倉連隊の上等兵です。
しかし、「辻信太郎」さんは兵役を避けるために、旧制桐生工業専門学校へ進学していました。

そのため、モデルになっている可能性はあるのですが、全く同じ人生を歩んでいるという事ではないですね!
ちないに、あんぱんはアマプラで見れるのかは、「こちらの記事」でまとめています。
あんぱんで八木信之介は実在する人物?

あんぱんにおいて八木信之介は、実在する人物ではありません!
まず、「あんぱん」自体が「小松暢」さんと「やなせたかし」先生の人生をモデルにして、フィクションとして再構成したドラマです。
そして、「あんぱん」での登場人物や団体名等は、一部改称が行われています。

メインとなる朝田のぶや柳井嵩自体が、実在しない人物となりますので、八木信之介等の登場人物も実在しない事になります。
あんぱんで八木は今後どうなる?

あんぱんにおける八木は、戦後に柳井嵩と再会して、朝田のぶ達の人生に大きな影響を与えます。
そして、「あんぱん」では八木信之介には今後、具体的にはこのような事が起こるのではないかと思います。
会社を立ち上げる
「あんぱん」において、八木信之介のモデルになったと考えられる「辻信太郎」さんは、1960年(昭和35年)に山梨県庁を退職して「株式会社山梨シルクセンター」を設立しています。
そのため、八木信之介も同様に戦後は、山梨県以外だとしても何かしらの会社を設立するのではないかと思います。
詩集を出す
「あんぱん」で、八木信之介のモデルの可能性がある「辻信太郎」さんは、「やなせたかし」先生に対して自分の会社で詩集を出版する事を持ち掛けます。
「柳井嵩」が、「やなせたかし」先生をモデルにしているとなれば、今後「あんぱん」で詩集を出そうとするでしょう。
また、八木信之介も「柳井嵩」の詩を書く才能に気付いている事から、詩集を出すことを持ち掛けたとしてもおかしくありません。

そのため、あんぱんだと今後は柳井嵩が詩集を出すことになった際に、八木信之介と再会するのかもしれませんね!
八木信之介のモデルはあんぱんだとまとめ
この記事では、あんぱんの八木信之介について、下記の内容をまとめてみました!

あんぱんにおける八木信之介は、朝田のぶ達に大きな影響を与える人物ですが、モデルとなったであろう人物を考えると長く登場しそうですね!
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