
ブラッサムで、守のモデルになった人物っているのかな?
この記事では、そんな疑問にお答えするために、下記の内容等をまとめてみました!
・ブラッサムで守は史実だとどうだったの?
ブラッサムで守のモデルになったのは?

宇野千代さんの弟である、宇野薫(かおる)さんだと考えられます!
「ブラッサム」において、主人公である葉野珠の兄弟は、下記の様になっています。(2026/8/25)
| 長男 | 葉野守 |
| 次女 | 葉野俊子 |
| 次男 | 葉野英男 |
そして、葉野珠のモデルとなった宇野千代さんの兄弟は、下記の様になっていました。
| 長男 | 薫 |
| 次男 | 鴻(ひろし) |
| 次女 | 勝子 |
| 三男 | 光雄 |
| 四男 | 文雄 |
参照:宇野千代顕彰会
ただ、葉野珠の兄弟は3人なのに対して、宇野千代さんの兄弟は5人です。
そして、宇野千代さんの弟は4人であり、真ん中に妹が挟まる形になっていました。

なので、守は薫さんと鴻さんの2人が、モデルになってる可能性もあるでしょう!
ブラッサムで守は史実だとどうだった?

判明しているだけで、下記の様な事を行っていました。
引越しの手伝いをする
宇野千代さんは、1914年(大正3年)に山口県川上村の小学校で、代用教員として働く事になったのです。
その際に、引越しをすることになったのですが、弟である薫さんと鴻さんが手伝ったとされています。
アドバイスをする
宇野千代さんは、1916年(大正5年)頃に朝鮮から故郷である岩国に戻ります。
そして、「ソウルで働いていた時の会社の雑誌」を、岩国で販売しようとしていました。
その際に、弟である薫さんが「宇野の本家に、分家を紹介して貰えばいい」とアドバイスをしたのです。
それによって、購読者が増える事になったのでした。
岩国で母や弟妹と暮らす
宇野千代さんは、下記の様な軌跡をたどっていました。
| 1916年(大正5年) | 藤村忠と付き合うようになり、京都で2年暮らす |
| 1917年(大正6年) | 東京帝国大学に入学した藤村忠と共に上京 |
| 1919年(大正8年) | 藤村忠と結婚して、忠が北海道拓殖銀行に就職したので、札幌に移住 |
| 1922年(大正11年) | 札幌から上京後に、故郷である岩国に帰郷 |
そして、宇野千代さんが実家を離れてから、母は5人の弟妹たちを育てるのに苦労していました。

なので、この時点では守さんもまだ実家にいたと考えられます。
生家の修復
1973年(昭和48年)頃に、故郷である岩国にある生家の状態が悪くなっていた事で、宇野千代さんの元に薫さんから電話があったのです。
この事がきっかけとなり、荒れ果てていた岩国の生家が修復される事になりました。
ちなみに、宇野薫さんはこの時上京して、東京で暮らしていたのです。

なので、あまり宇野薫さんについて詳しい事は判明していません!
ブラッサムで守は今後どうなる?

下記の様になる可能性があります!
出番が少なくなる
「ブラッサム」で、葉野珠は故郷・岩国を離れて、東京や北海道を拠点とすることが確定しています。
なので、守を含めた葉野家の家族たちは、珠が東京へ行って以降は出番が少なくなるかもしれません。
上京する
宇野千代さんの弟である薫さんは、1973年(昭和48年)頃には東京で暮らしていました。
なので、守も「ブラッサム」の劇中で、上京する可能性があります。
また、宇野千代さんは下記の様な軌跡をたどってもいました。
| 1923年(大正12年) | 東京府荏原郡馬込街に土地を購入して家を建てる |
| 1924年(大正13年) | 尾崎士郎と正式に結婚 |
その後、2人の所には2人の家族もやってきて、一緒に住むことになります。
この時、宇野千代さんの妹である勝子さんが上京するのですが、ブラッサムでは他の兄弟も状況する可能性があるでしょう。

だから、このタイミングで守が上京してくるのかもしれません!
ブラッサムで守のモデルになったのはまとめ
この記事では、「ブラッサム」について、下記の内容等をまとめてみました!

宇野薫さんは、史実では詳しいことが分かっていないのですが、逆に言えばフィクションとしてアレンジし易いかもしれないですね!

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